事故(遺稿)

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坂本正治氏を偲ぶ
可哀想なDavidの話
事故
Adobe社「INDESIGN」
片翼撃たれたトンビの死
九十九里浜のテトラポット
〈ヨウカイチバ〉へようこそ!
風間農園のカボチャ爆弾
チバラギの「荒地」から
顔のない仏像と日本のマスメデイア

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それは、突然やってきた。 春風に吹かれて、250ccスクータで農道走行中、灰色の脳裏に突然誰かがささやきかけて来た。全身を満たす溢れかえる幸福感も異常だったが「このスピードでもこんなに幸福ならもっとアクセルをあけてごらん。時速200キロ」という声はもっと変だった。 そんな速度を出せるはずもない。大体基礎工事のお粗末な農道で右手のアクセルを不用意に開けたら、たちまち田んぼへ放り出されてしまう。瞬間的に脳裏に異常が起きたことを察知したが、近所のGSで冬のあいだ減ってしまったガソリンを給油するつもりの途中だったから、とりあえずバイクを道ばたへ寄せようとすると、うまくコントロール出来ない。車輪の幅一つ分だけ路側帯によりすぎて、ばたばたと生籬にヘルメットをはたかれてしまう。 広域農道の路肩には砂利が堆積しており、よほど上手に減速しないと転倒てしまう。 関東農政事務所の職員の話ではこの広域農道は農業以外の目的で使用してはイケナイ道路だそうだが、深夜から真っ昼間まで、そんな農政事務所の注釈に耳傾けて走っているクルマは一台もない。メルセデスベンツ社製の黒い産廃トラック。トヨタ社製通勤用セダン、ユニック付き13Tトラック等々ここを通る筈だった高速道路並の混雑度で往来している。この路上で倒れれば、しばしば見かける野猫や狸の死骸のようにたちまち後続車両に轢殺されてしまう。やむなくこの広域農道に面したコンビニエンスストアの駐車場に乗り込んでバイクを倒して停めることにした。幸運なことにコンビニの駐車場には一台乗用車が停まっているだけだったから、そのクルマにぶつからないようにバイクを倒すことは出来た。 いつも左手を地面について立ち上がるのだがなぜか力が入らない。かわりにどの筋肉を使って立てばいいのかそれもアタマの中ががちゃがちゃで考えられない。倒れたままでいることはカッコわるいので、ナントカ立ち上がりたかったが、なんともならず、しかたなく横になって体力の回復を待つことにした。  わづかに春雨が降り出していたが、見知らぬ人が防水シートを掛けてくれたので外見はもうあの世に旅立ったひとのように見えたかもしれない。しかし湿ったアスファルトは気持ちも鎮めてくれる。ここまでは突発的な脳内信号の乱調にたいしてワルくない対応だったけれど、通りがかりのクルマがケータイで救急車をよんでしまったため、事態は急転直下、最悪の展開になった。 「小さな親切、大きなお世話」という格言がある。 匝瑳市消防救急隊には、そんな皮肉は通じない。救急車には乗りたくないと手を挙げて断ったが保護すべき行き倒れアイテムは、たちまち何人かの究竟な男に手取り足取り救急車の中に拉致されてしまった。 昔のイタリア映画なら救急車のリヤゲートが音を立てて閉じると、AMOLE AMOLE AMOLE MIOと、哀切なカンツオーネのリフが映画館の暗闇を圧して響き渡ったが、匝瑳市の消防隊に収容された熟年バイク乗りの耳に響くのは往年のコマソン・キング/ミキトリロー作詞作曲の乗り物ソングだった。 ~イナカーノバスハオンボログルマー~ ~#凸#デコ##凹#ボコ#道ヲーガタゴトハシルー~ だが田舎の消防隊所属救急車のドライバーは田舎のバスの運転手ほどにも紳士的でない。ミキトリロー作詞作曲のバスには、かならずチャーミングな女車掌が乗務していたが救急車にはむさくるしい救命士だけだ。当然、ただひたすら救命病院めざして爆走するドライビングになった。