パキスタン

クンジュラブ峠は標高4700mの峠である。私たちの旅のほぼ中間地点であると同時にフーライバスにとってもわずかばかりだが試練の峠でもあった。私たちはカルネを持たずにこの旅を始めたのである。カルネとは車の一時輸入手続きを簡略にするために国際条約で定められた通関手帳のことである。もちろんこの条約に加盟している国だけにしか通用しないものなので、今まで通過してきたロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、中国には全く通用しないものであるし、意味がないものでもある。しかし、これから行こうとしているパキスタン、イラン、ギリシャ、イタリアなどは加盟国であり、パキスタンがその最初の国になるのである。なぜカルネを持たずに私がこの旅を始めたのかについては別のページで解説、評論するつもりである。


国境の手前、中国側で停車した私たちを見て中国の警備兵が歩いてきたので、難癖をつけられるのを避けてすぐにパキスタン側へ移動したが、警備兵は物珍しそうにやってきた。ともかくもうここはパキスタンである。
どんよりとした雲が覆いかぶさり、荒涼とした風景はなおさら寒々しいものであった。気温はおそらく4度位だろう。
「Keep To The Left」と書かれたプレートがはっきりとここから法律が変わるのだと告げていた。久しぶり(日本以来)の左側通行の国である。

中国側の国境警備事務所と比べるとずいぶんと簡素だが、すぐ先にはパキスタン側のゲートがあり、ひげの警備兵がにこやかに挨拶をしてきた。「サラーム・アレイコム」。久しぶりのイスラムの挨拶である。アーリア系独特の人なつこい笑顔が懐かしかった。この東側の山岳地帯はカシミール地帯で激しい紛争の最中なのだがそんな緊張感はここにはなかった。思えばこの西側はすぐにアフガニスタンである。ここから始まるカラコルムハイウェアは二つの戦争地帯に挟まれた回廊のような道である。いつどこからゲリラが出てきても不思議はない土地なのであった。

峠を越えるとすぐに道は急峻な下りとなる。山から流れ出た雪解け水もここからインド洋に向かって流れ下る壮大な分水嶺でもある。そしてインダス川の源流の一つでもある。カラコルムハイウェイはここから800km、険しいカラコルム山塊の中を下って行く道である。
昔はロバやヤク、馬などで越えたであろうこの峠を自動車道路として切り開くために中国の援助の元でパキスタンが工事を始めて約十年。数千人の犠牲者が眠っている道でもある。

見上げれば目眩がするほどの高さ、見下ろせば百数十メートルの下を濁流が流れている道が、険しい岩肌をえぐり取るように作られていた。サハラ砂漠の無限とも思える広さと空漠には慣れていた私でも、この三次元の高さの世界には初めて恐怖を覚えた。くねくねと曲がるたびに岩山の向こうには荘厳な雪山が臨まれた。どれも6千、7千メートル級の山ばかりである。人の感情の入り込む余地のない風景であるが、このハイウェイが世界でも有数の絶景であることは間違いがない。

パキスタンの国境事務所はスストの町にある。カルネなしの私のバスも通関できた。ほっと胸をなで下ろし、町の飯屋で久しぶりのカレーを食べ、ミルクのたっぷり入ったチャイを飲んだ。かつて私はインドも長いこと旅をしてきたので、カレーとチャイは懐かしかった。インドとパキスタンは宗教の違いから分離独立したが、民族的にはアーリア系であり、その人なつっこさは共通したところがあり、馴染みがあったのでうれしかった。

杏の里として知られるフンザ地方のカリマバードで宿を取った。8月の雨期のただ中だったので、周りにそびえる山々は雲に隠れて見えないことも多かったが、春の頃には杏の花が咲き乱れ、まるで桃源郷のようだと言い伝えられている地方である。
この地方はパキスタンの中部や南部と違ってイスラムの宗派の中でも穏健な人々の多い地方である。
長い道のりだったこの目的地までを思い出しながら、私は久しぶりのパロンタやローティを頬張った。しかし最終目的地まではやっと半分の行程しか来ていないのだが…

カラコルムハイウェイはカリマバードからもまだすばらしい風景と険しい道が続いたのだが、私にとっては寂しい道でもあった。身の引き締まる山深い土地から下界の人間の世界へまた戻っていく旅なのである。パリへ向かって旅の下り線にさしかかると言うことも私を寂しくさせたものである。

 

フンザ地方ではあまり感じられなかったのだが、隣のアフガニスタン情勢や南部地方の混乱や貧困がパキスタンの国内を不安定にしていることは確かだった。南部へ行くほど町に混乱や緊張感が張りつめているように感じた。道路が寸断されたため仕方なく寄ることになった南部の町シカプールでは、宿泊するために警察へ届け出が必要であった。実際、私たちは途中から警察の護衛がつかなければ移動できないことを知った。

混乱している南部を避けるように私たちは北部の国道へ向かったのだが、地図に書かれている国道も写真のような状態。雨で道が流され、砂漠と山岳を避けるように迂回路が作られていたが、工事中のままで、ひどいぬかるみのため、トラックが2台も同時にスタックしていた。これらのトラックは工事中のユンボに助けられたのだが、後には数十台の車やトラックが並んでいた。この先も川を渡らなければならないところがあり、小型乗用車だけが通れるような細い迂回路のため多くのトラックはいつ開通するのかわからないまま立ち往生していた。イライラしているトラックの運転手の気配が伝わってきた。ここが通れないと500km以上遠回りをしないとクエッタの町へ行けないのだが、私たちはその遠回りを選ぶことにした。

パキスタンでは、中央を流れるインダス川周辺だけが農耕できる土地であり、ほとんどの人口はそこに集中している。それ以外の土地は瓦礫の山岳地帯か広大な土砂漠である。
パキスタンはトラックの数が非常に多い国でもある。国道はどこもこうしたトラックがたくさん走っている。中国も含めて今まで通過してきた国でこれほどのトラックの数は見たことがなかったので驚いたものだが、 それだけの物資の流通が頻繁な国でありながら経済的には貧困国なのはどうしてだろうと不思議に思えた。
量ばかり多くとも積載物の商品価値が低いものばかりなのではないかと思えた。このトラックもそうだが、山盛りに積んではいるが、家畜の飼料となる枯れ草のたぐいなのである。いくら運んでも利益が出るほどのものではないのだろう。

クエッタから道は、西のイランに向けてただひたすら土砂漠の中を走る。町もまばらになり最後にはチャイもミルクなしになってしまったのには驚いた。ミルクも国境近くまでは運んではこないのだろうか。あたりを見回しても放牧をする姿さえ見られない砂漠だった。

車の一時輸入について

パキスタンはカルネ条約加盟国である。基本的にはカルネなしで入国するヨーロッパ人などはいない。
私はカルネなしで入国できたが、誰にも勧めるつもりはない。場所と時と運がかなり影響するだろうから…
自動車保険の事務所も整備されているとは限らないし、強制もない。私も仕方なく無保険の旅をすることになった。人身事故だけは起こすわけにはいかないことを心得る必要がある。

道路状況

国道のほとんどが舗装路である。日本からの援助でできた立派なトンネルさえあった。長いトンネルなど通ったことのない人々のために、数十キロ手前から注意書きのパネルがいくつも並んでいるのが妙におかしかった。
インドと並んで珍しい左側通行の国なので、日本製の車は走りやすい。
しかし国道といえども自然の力には無力で、上に書いたように一旦雨などに流されたり、崩壊したりすると、復旧には時間がかかるし、そうしたところはほとんど山岳地帯か砂漠の中なので補修工事はいつ始まるかわからないし、パキスタンの人もよく知っていて、自力で迂回路などを作ってしまうこともよくあるようである。しかし道路というものは山岳路では川筋や枯れ川に作られるものなので、一旦水が混じるとひどいぬかるみとなってしまう。

車について

町は比較的多いので給油場所には困らないだろう。砂漠の中での故障を考えると水は持っていた方が安全だろう。

ホテルと宿泊

私たちはパキスタンではキャンプの設営は少なかった。ともかく人が多いことと、いい場所が見つけづらいこともある。河原沿いのいい場所にキャンプを張ったことがあるが、そこには鉄道と道路の鉄橋が見えるところだったため、無線機を持ったポリスを名乗る男に立ち去るように言われた。
パキスタンは国内的にも混乱しているうえ、反政府運動も活発であり、危険なことに巻き込まれたり標的にされる可能性も否定できない。キャンプはできる限りしない方が無難かもしれない。

道路検問

頻繁ではないがある。特に南部へ行くほど多くなるようである。カルネなしと言うことは問題にならない。それよりも外国人の保護を名目に警備兵が乗り込んでくることがある。州境で交代するのだが、そこから帰る交通費だとか、食事代を請求されることもある。しかしこうしたことにあまり憤慨せず、安全のための保険だと思うのが筋だろう。

国境

中国との国境は、クンジュラブ峠だけ。この国境から中国へ抜けようと試みるバイクや車の旅行者がいるらしいが、中国側の所定の手続きをしていない場合はすべて中国国境で追い返される。私の知る限り大きな国で中国ほど開かれていない国はない。いったん入ってしまえば平穏な国なのだが…
現在(2004年8月)、アフガニスタンのビザも取れるし国境も開いている。しかし、バックパックならともかく、バイクや車での入国は非常に危険と考えた方が良い。現地の民兵から米国やEUのスパイと間違われるだけでなく、逆に米国、EUの軍隊に狙われてもおかしくない。(2012年1月現在も同様)

 

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