モーリタニア

モロッコ最後のガソリンスタンドとカフェレストランは国境手前90kmほどのところにある。
国境事務所にはいくらかの混雑はあったが問題なく出国。最後のゲートを通過すると砂混じりのラフロード。いくつにも分岐した道筋を少し走ると粗末な小屋が建っていた。明らかにモーリタニアの入国事務所に違いないのだが、はじめにジャンダルムの検問があった。入国手続きの前にあるとは驚きであった。小屋は粗末で段ボールの壁で作られている。モロッコとの格差が一目瞭然であった。続いて入国事務所の手続き。ビザさえあれば何の問題もない。ただし事務官のカドー(プレゼント)の催促にはまいる。通関費用の名目でいくらかの金を払わされたのだが、正式なものかどうかわからない。
ここからは沙漠のラフロード、と思っていたのだが、すぐ先から綺麗な舗装道路が延びている。これもヌアディブまでだろうという予想も裏切られ、なんとミシュランのマップにも書かれていない新しい舗装路がヌアクショットまで作られていたのだ。がっかり!というのが本当の気持ちだったが、これもモーリタニアの発展には欠かせない道路であるはずだった。


道路に沿っていくつもの遊牧民の小屋が建っている。我々は小さな丘を越えたところでキャンプをした。翌朝左前輪がパンクしているのに気がついた。フーライバスが30000km走って初めてのパンクである。手順は簡単だが、乗用車とは大違いで、80kg以上もあるタイヤを交換するのは大変である。ホイールのボルトも単なるレンチでははずせないし締めることもできない。専用のホイールレンチが必需品である。しかしこのレンチ、なんと8kgくらいの重量があるので、8本のボルトを締めるだけで腕が震えるほど疲れてしまう。

長く続いた大西洋岸から離れ、内陸に入ってくると気温が上がり始めてくる。道路状態は写真のように最高だが、特にきれいな砂丘が見えるわけでもなく、単調な直線道路が続く。西サハラと違って頻繁に遊牧民たちに出会うようになる。しかし新しい道だからだろうか、ヌアクショットまで全く町らしいものはない道だった。

モーリタニアは良質なラクダの生産地として名高く、多くのラクダをつれて移動しているところをよく見かけるようになる。内陸のシンゲティの村はラクダの生産地として知られている。

舗装路の両側は広々とした平地で、砂はかぶっているが堅くしまっているところが多い。内陸から吹く強い風に流されて地表を流砂が覆う。

こんな砂の強風はサハラでは日常のことだが、私にはたまらなく懐かしく、思わず「万歳」ポーズ。
吹いてくる砂が体中にぶつかり、髪の毛は砂だらけとなる。途中でターバン(アラブではシェシという)の布を買わなかったことを悔やんだ。帽子は役に立たないのである。

国境から約400km走ると首都のヌアクショットである。20数年前とは比べられないほど大きな街になり、周辺の施設や道路も広々と造られていた。とはいうものの新市街はまとまりもなく広いだけで、取り立てて興味を引くようなところも少ない。久しぶりにシャワーを浴びたかったので高級ホテル(レジデンシア・アイシャ)に泊まってしまった。このホテルでは1ユーロ=310ウギアで両替できる。地方へ行くほど率は極端に悪くなる。パンクしたタイヤを近くの修理屋に頼んだのだが、チューブのどこにも穴は見つからなかったが、安全を見込んで新しいチューブと交換してもらった。

我々はこの後さらにセネガルへ下ったのだが、帰りに再度この国へ入り、ティディクジャへ行ったのでそこでの顛末を報告しよう。


セネガルから上ってきた我々は同じ道は避けて、セネガル川に沿ってレクセイバ、アレッグのルートを走った。モーリタニアで唯一の農耕地帯がこのセネガル川に沿って広がっている。
川が蛇行しているため、道もわかりづらく、路面状態も非常に悪い土埃の道である。何度も道を見失いながらもアレッグへのルートを探し当てたのだが、途中にあった水たまりでプッツリと途切れてしまっていた。水たまりの向こう側には確かに道筋があるが、水辺のスタックは一番怖い。あきらめて遠回りだがボケの町目指して走ることになった。ボケからアレッグまでは舗装路である。当たり前だが遠回りしてでも舗装路を走るのはどこの人々も同じだろう。未舗装路を選んで走る物好きはこの国にはいないのである。
アレッグからティディクジャまでは全部舗装路である。途中からは高くはないが海原のような砂丘地帯を走り、岩の山脈めがけて道は進んでいく。こうした風景の中にいると、この道はこの山脈をどのように迂回するのかと、不思議な謎解きのような疑問にワクワクしてしまう私である。ひたすら岩山へ向かって進む道が突然ムージェリアという町に入った。見上げると断崖を上る急峻な道筋が見える。ムージェリアのパスである。ここからの眺望はすばらしい。広い砂丘群を背景にムージェリアの町が一望できる。サハラの広さを感じられる絶景の一つだろう。
美しいオアシスのラシッド村を過ぎ、40kmほどでティディクジャの町に着いた。

 

ティディクジャの町もオアシスの町である。中心あたりに大きな水辺があり、砂丘にはいくつものナツメヤシの林が見渡せた。
ここまで来たのだから、今まで一度も走ったことのないアタールへのピストを辿りたかった。人に聞くと簡単に分岐路を教えてくれるのだが、それは知っているからこそ簡単なだけで、我々から見るとただの砂地であり、わだちがあちこち乱れていて、どれがその本当のルートなのかわからない。方向さえわかれば!と勘で走り始めたのだが、数百メートル走ると砂はどんどん深くなっていった。わだちも見つけづらくなっていった。砂が深いところでは、止まってルートを探すことなどできない。深い砂地からのスタートは危険だからである。スピードを落とさないように走り回ったのだが、とうとうわだちは消えてなくなり、ついにスタック。
トルクの細い車はこうした時、クラッチを傷めるだけで車輪を回せなかったりする(以前私が乗ったジムニーなど)から、砂を掘ってしまうことが少ないのだが、フーライバスはともかくトルクが太い。もがくとあっという間に30cmほどは簡単に掘ってしまうのだ。この車の砂地での能力とコントロールに不慣れだったため、写真のように亀の子になってしまった。ゼーゼーと砂をかくこと数時間。夕方になってしまい、仕方なくこの場でキャンプをするとにした。
翌朝、通りかかった男たちがものすごい勢いで砂をかいてくれ、あたりから切り倒してきたブッシュを敷き詰め、あっという間に脱出。自分の体力のなさ、経験のなさに唖然としたのである。この後もしばらくは砂が深かったので何度もスタックを繰り返し、ともかくティディクジャの町へ戻ることにした。助けてくれた男たちは我々に何も要求もせず、平然と去っていった。いたる所で金品をせびられる国だったが、庶民とはこういうものなのだと思い知らされた。私の気持ちの中では中性的な存在だったモーリタニアの印象がすっかり変わった一日だった。

◆2007年 追記
友人に迷惑をかけるわけに行かなかったので、この時は無理な挑戦は一切しなかったが、2007年に私は一人で次のアガデスまでの旅をした。フーライバスの能力を知るための旅でもあった。その経験から追記しました。
砂に足を取られて止まってしまったときは、絶対にもがかないこと。すぐに車を止め、タイヤの空気圧を思い切り下げる。(フーライバスは8トン近くあるうえ、後輪がシングルタイヤになっているため、私は空気圧を落とすのを怖がっていたのだが、思い切って試してみた。8kg近く入っていたものを2kg以下まで下げた。デフギヤその他が接触していないかどうかを見て、完全に砂に埋もれていれば進行方向に砂を掘る。前後のタイヤの前も平らになるように掘る。わずかな接触なら無視しても問題ない。そしてゆっくりと直進方向に発進する。ステアリングは絶対に切ってはならない。
タイヤはものの見事につぶれるが、接地面のタイヤの剛性が下がり、砂地の地形に沿って柔軟に変形するようになるので、砂を掘り起こしにくくなる。一般に言われているように接地面積が多くなるからという理由はあまり当たらない。もともと太く大きなタイヤでも堅ければ同じように砂を掘り起こしてしまうのである。思い切って空気圧を下げる効果は驚嘆するほどである。そして速度を抑えていればこの空気圧でも(通常の半分以下でも)走り続けて大丈夫である。ただし、スピードは30km/h限度、タイヤの腹を鋭利な岩の角などにこすらないように注意が必要である。
この方法で次回のアガデス往復の旅は通常のピストはすべて走破できた。コンプレッサーが小さいのでエアを入れるのに時間がかかったが、のんびりと食事でもしながら待つことにした。

ティディクジャへ戻った我々はアタールへ行くのにどれほどの時間がかかるか人々に聞いてみた。すると、4日はかかるという答え。フーライバスだとそれ以上かかるかもしれない。ガッカリ。2日あればいけると踏んでいたことが甘かった。我々にはヨーロッパからの飛行機の日にちが決まっていた。絶対にそれをズラすわけにはいかない理由もあった。
これから帰路とはいえ、こうした旅では何が起こるかわからない。まだ5000km以上走らなければならないのだ。アタールへのピストはきっぱりあきらめることにした。残念だが仕方がなかった。

ヌアクショット経由で行くと大幅な遠回りになるが、良質な舗装路なので速度は確実に稼げるため、アタール経由より2〜3日は早く国境までゆける。ここまで来てあきらめるのは本当につらかったが、帰りの日にちを決めてしまった旅の失敗である。
アレッグからヌアクショットまでは波打つように、なだらかな砂丘越えの道が続く。砂に吹かれて人影の見えない集落をいくつも通過して、ヌアクショットへ着き、そのままヌアディブへの道をひた走ることになった。

車の一時輸入について

カルネは必要ない。北のヌアディブ方面からの入国では保険などに入る事務所はない。南のロッソからの入国でも保険に関して何も言われなかった。
どちらから入国するとしても、官憲の賄賂の要求がある。マリとの陸続きでの入出国についてはこのときには情報を持っていないが、たぶんもっと楽だろうと思う。
●追記
東部のエル・アトルースからマリのニオロへの入国は面倒なことはなかった。係官の気分次第というところである。ニオロ側の方が面倒だった。

道路状況

ミシュランの地図にも載っていないヌアディブ〜ヌアクショット間の新しい舗装道路ができている。快適である。
それ以外でも国内の主要都市間の道路はおそらく舗装道路が延びていると思われる。昔アモグジャルの峠はきついラフロードだったが、今ではシンゲティまで新しい道路ができているようである。東の方の道路状態は西側ほど芳しくないらしい。
少し古くなるが、http://www.mauritania-jp.com/で、モーリタニアの貴重な情報を見ることができる。ラフロード、ピストロードはサハラの道そのもので、砂、波状路面、岩などに気をつける必要がある。できれば万全の装備がほしい。

車について

沙漠旅行を考慮した頑丈な車が必要。それでもスタックは覚悟した方がよい。

ホテルと宿泊

ヌアクショットにはマルシェ(マーケット)周辺に安ホテルがあると思われるが、設備は期待できない。
新市街のスタジアムの近くにレジデンシア・アイシャがある。値段は高い(日本並み)。設備は万全であった。

道路検問

ポリス、ジャンダルムの検問は街々にあるが、特に問題は起きない。何かをくれというのが(ドネモア・カドー)挨拶のようなもの。

 

冬のヨーロッパ モロッコ(西サハラ) セネガル
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