イラン

パキスタンの出国の町はタフタン。入出国事務所で幾人かの日本人にもあった。私たちも彼らと同じような出国手続きをしただけで、車については何の検査も行われなかった。そのままイランの入国事務所がある。手続きも一般的なものだった。車に関しては「なぜカルネを持ってこなかったか」とは聞かれたが、持っていない場合の入国手続きは別途用意されている。(事務所内にあるのだがヤミくさい)詳しくは書かないが、うるさくはない。ただ時間だけは5時間もかかった。
イギリス在住のパキスタン人の若者も車で帰郷した帰り道、私たちと同じように長い時間待たされた末、やっと入国できたようだった。彼はイギリスまで1週間以内に帰るのだといっていたが、国境通過などを考えると、どう計算しても、1週間ぶっ続けで夜も寝ずに走り続けなければ行けないのではないかと思われた。タフな青年であった。


イランに入ると道路を走るトラックが突然ヨーロッパ製の立派なものに変わる。ボルボ、スキャニアなどの大型トラックがものすごい速度で走ってゆく。道路もまるで高速道路のように整備されていて、フーライバスでさえ100km/hをキープできるのである。産油国というだけでこうも違うものかと驚いたものである。
しかし、国境を越えて入ったいくつかの町では人々が豊かだとは思われなかった。パキスタンに比べると町の活気もあるとはいえなかった。
私たちはザヘダンの町のホテルに停まったのだが、門扉のついたホテル指定の駐車場で、バックカメラを盗もうとした後があり、翌朝、ケーブルが切断されカメラのヒンジが曲がっていた。(こうしたことはどこの国でもあり得ることなので、特にこの国が危険だと言っているわけではありません。)

イランは原油産出国なのでガソリンは豊富だろうと思っていたのだが、国境から百数十キロ走ってもガソリンスタンドにはいつも車が数珠つながりに並んでおり、ガソリンはないという状態だった。やっと見つけたスタンドで軽油を入れたのだが、一回に入れられる量は90リットルまでと言われてしまった。こうした制限は国境付近で行われているらしく、西側のトルコに近いところでも同じであった。しかし、軽油1リットル2円という値段には驚いた。安いのに燃料が不足しているというのも不思議な話である。

パキスタンの果てしない土砂漠ばかり走ってきたので、こんな砂丘には心がひかれた。退屈しきっていた「つよし君」と砂丘に登ることにした。小さな砂丘であるが、アラブの砂漠世界に来たのだという感慨があった。(イランは宗教は同じイスラム教ですが、ペルシャ語、ペルシャ文化を継承しているので、他のアラブ世界とは同一にはできないと思います。)

カシャーンという町の中級ホテルに宿泊した。レストランの飯も味気なく、町に活気が感じられなかった。飯屋も少なく、お茶を飲むところさえ探すのが難しかった。食い物といえば味気ないサンドイッチがほとんど。パキスタンのバラエティーに富んだ食文化と比べると貧しさを感じてしまった。テヘランなどの都会では違うのかもしれないが、地方の名もない町でその国の姿が見えてくるのだと私は思っている。
朝になって探した「山羊の頭のスープ」屋。頭だけをいくつも鍋に入れられてグツグツと煮たものである。頭の中身をほじったものとスープを食べたのだが、脂がきつく、決して旨いものではなかった。なぜかローリングストーンズを思い出してしまった。

タマネギ、にんじん、ジャガイモ、それに羊の肉でも手に入れば、こうした旅はキャンプが最高である。
地平線から昇ってくる陽を浴びて、「クマ先生」は「気」をもらう毎朝の「トレーニング?リラクゼーション?」をしていた。
手前に転がっているビンは酒ではありません! 私たちは「基本的に」パキスタンとイランでは酒を飲みませんでした。売ってもいませんし…

高速道路のようなイランの道を私たちは4泊で抜けてしまった。なぜそんなに急いだのかはいろいろと理由があるのだが、テヘランの町にも入らずに私たちはトルコを目指して走り続けた。国境に近づくと見えてきたこの双子の富士山のような山は、アララト山と小アララト山。聖書に書いてある(らしい)ノアの箱船が漂着した山だという。そうしたことは私にはよくわからないが、ともかく富士山に似た美しい山だった。このあたりはイランの北部になり、地形は砂漠ではなく、草に覆われた放牧地に変わってくる。イランはそのほとんどが砂漠だが、テヘランを始め大きな都会は北部のカスピ海沿いの山がちなところに開けているようである。工業地帯もやはり北部に集中しているようである。やはり人は水の豊富な土地に住むのである。

車の一時輸入について

イランはカルネ条約加盟国である。基本的にはカルネなしで入国するヨーロッパ人などは少ない。金は必要だが保険も併せて車の入国はカルネなしでもできる。ただし通関に時間がかかる。
出国の時にもカルネを要求されたが、入国の時と同様、それなりの業者が絡んでいて問題なく出国できた。出入国事務所のゲートにはトルコへ行く車やトルコからやってきた帰りの車などが何十台と並んでいたが、彼らはいったいどれだけ待たされるのだろうと思われた。時々開けられるゲートを通過できるのは数台ずつだけである。それを見てうんざりしたのだが、業者が絡むと意外とすんなりと通過することができた。

道路状況

国道のほとんどが高速道路のような、あるいは日本のそれ以上に広く、よく整備された2車線の舗装路である。
ただし砂沙漠地帯に延びている道が多いので、風などに吹き寄せられた砂が道路にはみ出していることもあり、それらにハンドルを取られると非常に危険である。

車について

燃料については上に書いたが、辺境の町ではスタンドがあってもガソリンがないということがよくあるようである。数十台も車が並んでいるのを何度も見てきた。いつ手に入るかわからない状態でもガマンできるならば燃料には困らない。ともかく安い。私たちは軽油だったのでガソリンの値段はわからないがおそらく1リットル3円位だと思われる。ただし、国境付近では給油量の制限があり、次の国のことを考えてたくさん入れようとしても駄目なことがある。

ホテルと宿泊

町にはだいたいホテルはあると思われるが、中心街だと駐車場がないこともある。駐車できるガレージを紹介してくれることもあるが、私たちの経験上、そういった駐車場も安心とはいえそうもない。

道路検問

国境を通過したところにあった記憶はあるが、ほとんどないに等しい。

 

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