冬のヨーロッパ

どんよりと曇って、いつ雨が降り出すかわからない冬のパリ。12月のはじめなので雪には遭わなかったが、朝は9時頃まで暗く、夕方は4時過ぎに暗くなる。ともかく憂鬱な冬である。早く南へ向かいたかったが、スタックプレートをドイツの友人のところへ送ったため、それを受け取りにさらに北のドイツへ行かなければならなかった。実はフーライバス、生まれは日本なので、ヘッドライトの照射方向が左側通行になっている(左側へ焦点が合っている)ので、右側通行の道路をライトをつけて走ると対向車がまぶしくなってしまう。パッシングライトでたびたびそれを指摘されながら走るのには気が引けてしまう。幸いフォグランプを装備しているので、この照射方向を調節してあるのだが、ヨーロッパの夜をフォグランプ一つで走るのはやはりつらい。
早く明るく暖かい南へ行きたいと気持ちばかりはセクのだが、何しろ昼の時間が短すぎて距離を稼げない。
オートルートのサービスエリアでキャンプをするのだが、長い夜をワインばかり飲んでいても2人の会話も種が尽きてしまう。というわけで、 ともかくよく寝ることになる。
ドイツなど昼間でも薄暗く、車はすべてライトをつけて走っているのである。
あ〜冬のヨーロッパなどに来るもんではないな〜というのが私の本音。
でも仕方がない、サハラへ行く時期としては決して悪くはない季節なのである。

 

ともかく南へ、西へと走りに走り、ピレネー山脈を抜けて、スペイン国境をすぎると突然のように快晴の空が迎えてくれた。南へ下った分だけ昼間の長さも延び、また同じ時間帯なので、夕暮れが遅くなる(もちろん朝も遅く明るくなるが)。静かなフランス人の世界から、にぎやかで明るい?スペイン人とスペイン語の世界へ入ると何となく気分も明るくなる。バールでものを食べるのも楽になる。なんと燃料(ディーゼル、ガソリン)が安くなったのもうれしかった。何しろ、フランスでは、ガソリン1リットル1.2ユーロ(170円くらい)近くもするのだ。それが約2割ほど安くなった。
バルセロナ、バレンシア、マラガと下り、アルヘシラスへ着いたのは午後おそかった。もうアフリカ大陸は目の前だが、夜に上陸するのは好きではないので、翌朝のフェリーを予約して埠頭でキャンプすることにした。

 

ジブラルタル海峡には強風が吹いていた。フーライバスの後部ドアは風であおられないように固定金具が付いているのだが、うっかり止め忘れて風であおられ、ごらんのようにウインドウガラスが割れてしまった。とんだ災難。早速あり合わせの材料を使って補修したが、ガムテープで貼ったため何とも見苦しい姿になってしまった。
翌朝も風が強く、フェリーは欠航続きとなった。やっと出航が決まったフェリー待ちの列に並んだのだが、一台ずつ船室に移動しているとき、このバスだけが止められてしまった。海が荒れているので、重心の高い車は乗せられないのだという。私たちは、アフリカ側のスペイン領、セウタへ向かおうとしていたが、この航路には排水トン数の小さな高速艇しか運航していなかった。ぐずぐずしていると1日が過ぎてしまう。急いでフェリーをキャンセルし、仕方なく直接モロッコへ入るタンジェ行きに変更した。この航路には大きな船が運航していた。
私がなぜタンジェへ直接行かないのかは理由がある。タンジェの港はともかくスレているゴロツキどもで有名である。バックパッカーなどもこの港へ着いたとたんにあれこれまとわりつかれてうんざりし、モロッコ旅行をそのままあきらめてしまう人もいるほどなのだ。今ではだいぶ変わっているのだが、冬ともなればひげ面に暗い色のジュラバを頭から足元までかぶっている男たちの集団を見ただけで、おびえてしまうのもうなずける。特にこうした異国(洋服だけが人の着るものではない)の雰囲気に免疫を持っていない人には試練の町である。
私自身には免疫力はたっぷりあるのだが、今までの経験上、船での入出国はともかく煩雑で、ましてゴロツキが多いとなると煩わしいことこの上ないことを知っていたからである。さらに知らない町へ夜に入るとなると困難はもっと増すのだが、仕方がなかった。4時間近い航行で、夜のタンジェで入国することにした。

 


帰路に訪れたヨーロッパ

モロッコへ渡るときにはタンジェ経由となってしまったので、帰路はセウタへの陸路での国境越えをすることにした。さすがにヨーロッパへの国境である。車、人ともに大混雑だった。セウタを通る理由はもう一つあった。この町は経済特区になっていて、ガソリンなどに税金がかからない(あるいは安い)からである。ここで満タンにしてできる限りヨーロッパ大陸では燃料を入れたくなかったのだ。ガソリンスタンドにはディーゼルでもスーパーとノーマルの2種類があった。どんな物かよくわからないがもちろん安い方を入れることにした。1リットル0.7ユーロだった。内陸スペインと比べても確かに安かった。
セウタのフェリー乗り場あたりには不良グループがたむろしていて、走っている我々の車の後部に飛び乗り、後ろのドアを開けたのである。後部は運転席からつながっているのですぐに気づいて追い払ったが、何をもくろんでいるかわからない連中なので注意は怠らない方がいいところである。私の今までの経験ではモロッコを含むアフリカなどよりもヨーロッパの方が遙かに危険である。20年ほど前、私はモロッコからの車での帰路、セビリアで車を燃やされたことがあった。アフリカはヨーロッパより危険だなどと漠然とでも思いこんでいる人が多いことだろうが 、それは全く間違いである。
昔災難にあったセビリアの大混雑を通り抜けて、我々はポルトガルのリスボンへ向かった。ポルトガルはユーロ圏だろうか?などと、全く知識を持たないまま国境を越え、初めてのサービスエリアでコーヒーを飲んだ。ユーロはちゃんと使えたのである。これからの帰路はおまけの旅、我々の無知をお許し願いたい。

さびれたヨーロッパの国という漠然とした先入観でやってきたポルトガルだが、道路から見ている限り綺麗な白壁の家が続く美しい風景で、古びた印象は感じられなかった。
リスボンは大きな入り江に面した都会で、南から来ると広々とした海原を見下ろしながら大きな橋を渡ることになる。心配していた駐車場は簡単に見つかり、海に面したところで、係の人も親切だった。リスボンの知識を全く持たないでやってきた我々はホテル探しに苦労させられた。スペインやフランスでは突き出し看板がよくあるのだが、ここにはほとんど見あたらなかった。長い旅で鍛えた勘で見つけた宿は小さいがこぎれいな(でも酔っぱらったら上り下りできないような狭く、急な階段の)ゲストハウスだった。そこの主人に「グラスはないか」と聞くと「日本人はコップというんだろ」と諭された。ポルトガル語でもコップというのだろうか。

郊外の白く綺麗な家々と比べるとリスボンの町並みはさびれていた。古い石畳、曲がりくねった狭い道、年代物のケーブルカー。それに人々がともかくおとなしくもの静かである。スペイン人の押しの強さと比べるとまるで日本人に近い。
多くの日本人がこの国を好きになるのがわかるような気がした。スッと溶け込んでしまえそうな雰囲気がある。
リスボンの街にはともかく骨董屋が多い。本当にこの街の人たちはこんな年代物の使い回しに喜びを感じているのだろうか。それともそうした店は観光客向けなのだろうか。いつまでも昔の栄光にすがりついているような空気には物悲しいものを感じてしまった。リスボンという街はもちろん観光客が多いところだが、もしかするとこの町全体がワンダーランドを演じているのかもしれない。
私はポルトガルのもの悲しい「ファド」という音楽にはふれたことがあって、どこかで聞けるのだろうかと思っていたのだが、宿の近くのバール・レストランでは夜になるとにぎやかな流しの楽団が歌い踊りしていた。日本でいえば民謡のような、歌謡曲のような歌であろうが、皆が楽しそうに歌っている光景は印象に残った。

ポルトガルを離れた我々は、一路スペインを駆け抜け、フランスのボルドー地方へ向かった。スペイン最後のガソリンスタンドではトラックが行列をなしていた。フランスに入ると燃料の値段が跳ね上がるためである。
ボルドー地方には一面のブドウ畑が広がり、たくさんのワイン蔵やお店があった。私はワインは好きだが銘柄や年代物などには関心がないので通り過ぎたのだが、それを求めて日本からやってくるツアーもあるとか聞いた。
飲めばすぐになくなってしまう飲み物のために、わざわざ日本からやってくるというのもおかしな話である。
(もっとも、ろくな飯も食えず、風呂も入れず、砂に吹かれるばかりで何もないサハラなどに「何でおまえは行くの?」などと聞かれれば、笑うしかできない私ですが…)
どうせここまで来たついでだとばかり、我々は有名なモンサンミシェルへ寄ることにした。映画で見たことのあるこの尖塔の姿は美しいものであった。満潮になると海の中に取り残されるのだろうか。冬だというのにたくさんの日本人観光客に会った。久しぶりのフランスレストランで食事などして、我々はこの旅を締めくくることにした。

車の一時輸入について

フランス、ベルギー、ドイツなどは船(日本から直接送った場合)などでの入国(受け取り)以外はほとんど検査はない。国際登録証があれば問題ない。
ただし、グリーンカード(ヨーロッパと周辺諸国共通の自動車保険)は必需品で、これがないと入国できないし、道路検問などで捕まれば違反となって罰を負うことになる。保険さえあればどこの国の車でも通過していい!とでも言う感じである。
フランスにはジャンダラメリという警察組織や税務ポリスの取り締まりが厳しい。
スペインは比較的取り締まりが厳しく、ポルトガルとの国境ではほとんどないが、フランスとの国境では一応書類、パスポート類を調べられた。麻薬(大麻を含む)犬もよく使われており、車内の検査もしっかりとされることが多い。モロッコ側からの入国は特に厳しい。
マリファナに関してスペインは過去に幾度も緩めたり締めたりしている。

道路状況

高速道路網は発達している。
フランスには「A」「E」「N」で始まる道路がたくさんあり、オートルートはほとんどが有料で料金は高い。オートルート並みの無料の道路もたくさんあり、速度規制はゆるい。昔から比べるとフランス人の交通マナーも良くなり(取り締まりも厳しくなっている)横断歩道を渡っている人をけ散らして走り抜けるようなドライバーはほとんど見なくなった。特に普通の国道は通常100キロ以上の速度が許されていても、市街地にはいると50キロから30キロに制限され、取り締まりも厳しい。
スペインの自動車道は非常に発達しており、高速道路が並行して2本走っているところも多い。多くが無料(将来有料化される可能性もある)であるが、料金を取るところもある。
ベルギー、ドイツの高速道路は基本的に無料(将来有料化される可能性は大きい)。アウトバーンは制限速度なしという話があるが、実際には100キロ前後で走っている車がほとんどで、飛ばし屋さんはほんの少数である。
どの国でも大型トラックは80〜90キロで右側の車線をまじめに並んで走っており、日本のように100キロを超える速度で乗用車をけ散らすようなトラックはほとんどない。

車について

通常の乗用車でも問題ない。燃料はスペインは安い。
2006年現在、フランスではガソリン1リットル180円以上する。ディーゼルは160円くらいである。

ホテルと宿泊

町中の安ホテルなどは駐車場がないことが多いが、乗用車ならば近くのガレージ(駐車場)を紹介してくれることも多い。路上駐車はほとんど取り締まられないが、泥棒に狙われる可能性は高い。ヨーロッパにはキャンプ場もたくさんあり、設備も整っているしホテルよりずっと安い。フランスなどでは普通の国道を走っていると、町中にホテルは見つけやすい。スペインでは、ドライバーのためのホテルがとても多く、安い。設備も整っている。

道路検問

警察、税務署などの検問はあると考えた方がいい。ユーロ圏となって往来が自由になった分、国内の取り締まりは厳しくなっている。
イージーライダーみたいに燃料タンクに隠すなど不可能。外国の不審な車は必ずタンク内を調べられる。

 

モロッコ(西サハラ) モーリタニア セネガル
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