中国(新彊ウイグル自治区)

トゥルガルト峠はキルギスの国境事務所を出て山道を登っていった数キロのところにある3700mの峠である。峠がそのまま実際の国境であるが、こうした山岳地(砂漠なども)ではそこに入出国事務所があるとは限らない。いるのは警備兵とその建物があるだけである。つまりここで入国の事務手続きはできない。彼らはおそらく日本人がビザを必要としていないことなど知ってはいないし、まして私たちのように車での入国についてなど知るよしもないのである。私たち以外にも国境の手前でとどまっている旅行者たちがいたが、私たちは国境を越えて車を止めた。警備兵はキルギス側へ戻れといってきたが、中国旅行代理店の書類を見せてここでガイドを待つのだと言うことを説明した。空には雲がかかり、みぞれが降ってきたほど寒い天候だった。若い警備兵はそんな中でも上官にお伺いをたてに何度も小高い丘の上の事務所と往復して、私たちにそこで待つことを許可してくれた。
天候が悪いせいもあるだろうが、殺風景な寂寞とした国境だった。中国側へ向かって山々が低くなり、遠くには平地らしきものも見渡せるところだった。
キルギス側もそうだが、こうした辺境の国境越えをするにはバックパッカーなどの旅行者は徒歩で来ることはできないので、定期バスや代理店に手配してもらった交通手段を確保しないといけない。国境を越えたところでも同じ条件だから、情報をしっかり手に入れておかないと峠で途方に暮れることになるだろう。待つこと数時間、中国人のガイドが他の代理店のバスに便乗してやってきた。待つ間に定期バスらしいものは見かけなかった。旅行者の乗ってきたのは旅行代理店の名前の書かれたマイクロバスだけだった。
私たちが車で中国を走るためには特別な登録プレートをバスに取り付けなければならない。ガイドの持ってきたこのプレートを前後に取り付け、それ以外のたくさんの書類を警備兵に見せて初めて通過が許可されるのである。
道は一気に下りとなり、いくつかの河川敷を通ったが、どこも草木一つない瓦礫の山と河原である。雨のためだろう、道が流されてなくなり、河川敷に急遽作られた迂回路が非常に荒れており、数十台のトラックが並んだまま立ち往生していた。こうした山岳の道はどこもそうだが、ほとんどの場合河川敷に道が造られており、大雨でも降るとたちまち道が流されてしまうのである。 カシ(カシュガル)へ向かう道は埃がひどく、前を走る車のまいあげる埃で道路が見えなくなってしまうのが非常に怖かった。しかし、その道沿いの広大な河川と岩山は険しい高地の荘厳な姿を見せていた。 途中に軍隊の検問所があり、長いこと待たされたが、中国のガイドのおかげで通じない英語でのやりとりはしないですんだのは助かった。検問官は遠回しに賄賂を要求していたようだが、ガイドは厳としてそれを断ったのである。そのため、検問所の閉まる夕方ぎりぎりまで時間がかかることになってしまった。軍隊の権限の強い国では検問が「警察」「軍隊」「税関」とそれぞれ関連なくやられていることがよくある。面倒この上もないのであるが、仕方がないだろう。
国境事務車は国境から100km離れたところにあった。立派な建物である。対応も親切で、車での入国も比較的スムーズにすんだのはやはりガイドのおかげなのだろうと思う。 砂漠のような乾燥した平地を走って着いたカシは大きな町であった。広々とした幹線道路が南北に走っているので、わかりやすい町でもあった。その晩私たちは中心街の大きめのホテルに泊まることにした。裏庭に駐車場があり、そこで車の整備もしやすかった。


 

長いキャンプの連続だったので、久しぶりの中華料理は本当においしかった。左は町で見つけた餃子屋である。外国人はほとんど入らないらしい店だったが、店の女と主人は親切だった。漢族は愛想がないなどと聞いていたがそんなことはないと思う。ロシア人の方がよっぽど愛想がないと思うのだが。右はウイグル人の肉まんである。町中で手軽に食べられるのがうれしい。

 

焼きたてのパンはどこでもおいしい。左はウイグル人のパン屋だが、アラブ系のパンと違ってふっくらとしていた。ウイグル人の市場に近いところではこうしたロバ車がまだたくさん使われている。この乗り物はパキスタンを経て、中東からマグレブのチュニジア、モロッコまで使われている普通の乗り物であるが、経済的に豊かになればこれらが小型トラクタに変わり、自動車に変わっていくだろう。膨大な人口を抱えた中国がそうなった時、交通事情はどうなってしまうのだろうか。

 

カボチャを腹にのせて昼寝している男。菜っぱが布団代わりである。
ウイグル自治区は9割以上がウイグル人の住む地域である。私たちは中国の最西域しか旅をしなかったが、郊外の彼らの村々は素朴なたたずまいの家々が並び、道の両側には立派なポプラの並木が美しく連なっていた。その木陰の道をロバ車、自転車、歩行者などが行き来する光景は、タイムスリップした昔を見ているようだった。シルクロードの時代から彼らは旅行者に食料などを売る生活をしていたのであろう。質素で手入れのされた畑を大事に受け継いでいるようである。彼らは漢字をほとんど使わないし、アラビア語に似た(?)標記のウイグル語を使っている。
村を通過する上質な道路を真新しい車で走り去るのはほとんどが漢族である。都会の富裕な人々であろうか。こんな静かな地方でも民族独立の運動が起こることがあると聞く。貧富の差、文化の差を無視して周辺の民族を強引に併合した中国はこれからもこうした民族紛争をさけることができないだろうと感じたものである。

私たちがタクラマカン砂漠の南縁でキャンプをした時、朝になって畑に水を流す水路が開放され、道路へ出られなくなってしまったことがあった。このとき、ウイグルの村人が村の中の細い道をくねくねと通って私たちに安全な道を案内してくれたことがあった。お礼に持っていたビスケットを渡したのだが、それさえも辞退しようとした無欲なその男が今でも忘れられない。

 

カシ(カシュガル)のホテルに停まっていたドイツ旅行社のバス。このバスにはさらにカプセルベッドを装備した車両が後ろに連結される。これと同じようなバスにもう25年前にアフリカ、サハラでも会ったことがある。完璧主義のドイツ人らしい豪華な旅行である。

 

カシを後にして、私たちは次の目的クンジュラブ峠のパキスタン国境へ向かった。しばらくすると、道はキジル川渓谷に沿って上り始めた。岩肌をむき出しにした山々と眼前には7000mを越える雪山、幅が数百メートルはありそうな広大な渓谷。これほどの大きな風景を私はかつて見たことがなかった。そんな中では米粒のようなバスを操る私に初めて恐怖感が走ったことを覚えている。人の小ささを思い知らされるような雄大な風景である。
眼前に迫るように立ちふさがる雪山は富士山の二倍の高さを超えており、いくつもの山からなる丹沢山塊が一つの山の大きさだと考えればその巨大さがわかるかもしれない。こうした山が連なっているところがヒマラヤ山脈であり、さらに続くカラコルム山脈なのである。
東は雲南西部からチベット、中国、ブータン、ネパール、インド、パキスタン、アフガニスタンまで連なっているこの山々は確かに地球の屋根であり、神々の住む山かもしれない。

すでに3000m以上の標高である。草木一つなく、乾ききっているが、遠くにはいつも雪山が見える高地である。突然アクセサリなどを売っている露店が出現することがあった。上質な舗装のされた道を私たちはカラクリ湖へ向かった。

7500mのムスターク山(写真は違います)を臨むカラクリ湖畔でキャンプを張った。標高3600mの湖である。人影はほとんど見えない場所だったが、ここは私有地だと言うことで、管理する観光会社に入域料を払わされてしまった。日本ならば国定公園にでもなるようなところだが、中国では今では私有地として占有されているようである。

翌日、私たちはさらに高く、さらに奥へと続く道を辿った。出入国事務所のあるタシュクルガンは、実際の国境の120kmほど手前にあり、ここで出国手続きを済ませる。一緒だったガイドの若者ともここで別れた。登録プレートもここで取り外し、実際の国境までは警備兵が同乗していくことになる。
このあたりはもうチベット高原と同じような風景である。道は舗装されているところもあれば工事中のところもあり、全く舗装されていないところと様々である。 工事中の道はひどく荒れており、通常の乗用車では走りきれないところもあるかもしれない。
高度のせいだろう、空は異常なほど青く、日差しは強い。人の住む気配は全くない土地であった。

最後の国境事務所で警備兵を降ろすと目の前が国境である。ここが標高4700mのクンジュラブ峠であり、これから下って行くカラコルムハイウェイの起点でもある。ここまでくると青空はなくなり、そびえ立つ高山に垂れ込める雲の中に入ってしまったようであった。岩肌に張り付いたコケのような草以外には植物はひとつもなく、そそり立つ雪山と瓦礫の高原にある荒涼とした峠であった。
白い門柱のようなゲートには「中国」と書かれている。そしてその裏側にはウルドゥー語とアルファベットで「パキスタン」と書かれていた。

車の一時輸入について 中国は2004年現在、近隣諸国を除いて外国からの車の入域を認めているのは「新彊ウイグル自治区」と「チベット自治区」だけである。
ただし、この区域内も含めて中国全域で通常の国際免許証などは通用しないので書き換えた中国の免許証が必要である。特別許可としてのナンバープレートも必要。それ以外にもたくさんの許可証や保険証などの類が必要。私たちは最初からガイドを同乗させることにしたので、正確にはわからないが、同乗する中国人も必要かもしれない。これらの手続きは外国にいる私たちが直接手続きするのはほとんど不可能だと思われるので、中国のこうした経験を持つ代理店に一括して依頼するのがいいと思う。また、入国の日付、出国の日付もかなり厳格に規定されるので余裕を持って申請した方がいいと思われる。
入出国に関してはこうして厳しいことがたくさんあるが、「臨時入境」と書かれたナンバープレートはかなり威力があるものらしく、一旦国内に入ってしまうと国境付近をのぞいて警察などの取り締まりや検問はほとんどなく、自由に走れるようである。交通警官などからも珍しいからと言って止められることもなかった。日本人としては珍しいかもしれないが、すでに多くのヨーロッパ人が中国を車で旅行しているのである。

道路状況 新彊ウイグルやチベットの地域では国境に近いところが山岳地であることが多く、工事中や未舗装路がかなりある。そうしたところは通常の乗用車タイプでは厳しいだろう。それ以外の主要な幹線はほとんど舗装されている。新しい道は路面状況は良い。ただし、町や村、集落の近くでは車以外にロバ車、自転車、バイク、歩行者などが非常に多く、ほとんどの人が交通ルールを守っている状況ではないし、そうした状況を考えた道路作りがされているわけでもないので、交通事故には特に注意が必要。

車について 幹線道路では町や村ごとにだいたいガソリンスタンドが設置されている。ただし辺境では広大な無人地帯も多いので、予備燃料は持った方がいいと思われる。パンクについても、未舗装路を考えて準備するべきだろう。

ホテルと宿泊 カシにはホテルはそろっている。色満飯店にはインターネットの設備もあり、日本語も使える。
それ以外のところでは、私たちはすべてキャンプだったので情報はない。

道路検問 「車の一時輸入」の項に書いたとおり、一旦入ってしまうと面倒なことは少ない。ただし、軍隊の検問は厳しいところもあるようだが、必要書類がそろっていれば問題は起きないだろう。

 

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